従業員が思うように働いてくれないというのは、多くの会社の社長の大きな悩みである。
なんとかして働いてもらいたいと、いろいろな手を打つ。精神訓話をし、表彰制度をつくり、

作業環境を改善し、提案制度を設け、各種講習会に出席させてみる。

しかし、それらのものが、どれだけの効果があるのか。それともないのか、サッパリわからない。
提案制度も、はじめのうちは、わずかばかりの効果があったが、たちまちのうちに熱がさめて有名無実化していく。
経費節約をとけば、ケチだと陰口をきくだけで、本気で節約しようとはしない。

ホトホト困りぬいている、というのが経営者の立場なのである。
このような状態を、もっともらしい人間関係論や、観念的な組織や責任権限論で

改善しようとかかっても、絶対に解決しない。
職務給や職能給を導入しても効果はない。問題はぜんぜん別のところにあるからなのだ。
従業員が働かないのは、働いても、それがほんとうに自分のためになるかどうか、

わからないからなのだ。
「人は自分のために働いている」(本田宗一郎)のだ。
自分のためになるかならぬのか、わからないのに働くわけがない。これがただひとつの原因なのだ。

自分のためになること、それを最も端的に示すものは賃金である。
とするならば、働いたらそれだけの事があるというような賃金制度として制定し、しかもこれで会社がやっていけるようなものにすればいいわけである。
それが成果配分方式としての、ラーカープランなのである。

ラッカーは「企業の支払う賃金総額は付加価値に正比例して変動する。

それは、生産高とも、純利益とも、総販売価格とも、いずれにも一定の関係を持って変動していない。」ということを発見したのである。
これはまことに不思議な数字である。大きな経済発展、物価の上昇、技術の大進歩、戦争、大恐慌にも関わらず、

この率は一定である。世界のあらゆる国、業種、業態、規模であっても付加価値に正比例するという事実は頑として存在しているのである。
会社側は絶えず賃金を低く抑えようとし、労働者側は一円でも多く得ようとして血みどろの闘争を

繰り返しても、この率は変えることはできないのである。

であれば、この法則をうまく利用して、われわれの生活を向上しようと決心することである。
この決心した瞬間から、事態は180°転換してしまうのである。

それは労使の利害は完全一致するということになってしまうのだ。
「労使は手をたずさえ、ともに付加価値の増大に専念すればよいのだ。

労使の協同と相互信頼の姿が、ここから生まれてくるのである。」

ラッカープラン(成果配分方式による賃金制度)

 ①従業員の士気を向上させ、生産性を高めるためには、

  労使どちらにもかたよらない公正な賃金がその基本であること

 ②公正な賃金とは、企業努力の成果、すなわち付加価値に比例した賃金であること

 ③成果に比例した賃金は、過去50年間にわたり、世界中のあらゆる国、あらゆる業種、

  あらゆる業態、規模において、 現実に支払われてきたという実証があること。

  経営者は常に賃金を低く抑えようとし、労働者は実力に訴えても多く勝ち取ろうという、

  絶え間ない抗争にもかかわらず、その結果は比例関係になってしまうという、不思議な法則である

    ということは、どのような企業でも、好むと好まざるとに関係なく、この法則の支配をうけている

 ④成果配分の法則を承認した瞬間から、労使の争いはあとをたち、労使の協働態勢が生まれること

この制度は労使の相互信頼のうえにたち、社長が絶対に約束を守る、経理を公開する、

という条件がなければ成り立たない。

社長は筆者の分析した資料をもとにして、筆者と共に慎重な検討を何回も繰り返したのである。

その結果、社長は次のような賃金大綱を決定した。

 ①賃金の総額を付加価値の45%とする

 ②賃金総額の3/4を当月賃金とし、1/4をボーナス積立金とする

 ③毎月の生産奨励金は、当月賃金から固定給と残業手当を差し引いたものとする

この決定に基づいて具体案が作成され、具体案による試算が繰り返された。こうしてえた成案を、

社長自ら全員に発表した。

社長の誠実な人柄のために、従業員はその場で納得しただけでなく、その瞬間から従業員の態度がガラリと変わってしまったのである。

   経理担当者は現在、材料を3社から買っているが、そのうち1社はキロあたり4円高い、値引きさせるか、他から買って欲しい、というのである。

翌日、営業担当の4名は昼休みに自主的に会議を開き、売上目標を1,000万に決め、

各自のノルマを決め、以後、毎週1回営業会議を開くという。

勤務時間中に営業会議を開くのは、活動の時間が少なくなるから、もつたいないというのである。

営業では、受注して社内でこなせない分は外注するというのである。

従来は受注してもこなせないからと、積極的な営業活動はしないという態度だったのだが、

このように変わってしまったのである。

現場では、手の空いたものが他人の仕事を喜んで手伝うようになった。

ある日、ネジ転造盤の係の行員が欠勤した。

こうした場合に、従来は機械を休止させるか、かわりの者が作業をしても、

生産量は大幅に減少するのが常であった。

ところが、今度は違う。代員が作業して、生産量をほとんど落とさずやってのけてしまったのである。

   半年後には毎月、売上が目標を超え、この頃から昨年の2倍の生産高を上げる従業員がでてきた。

   1年後には新年度の売上目標分の受注の見通しはたっているという。

 あとは、これをどうこなしていくか、であるというのだ。

   念のために付け加えておきたいのは、ラッカープランは「利益配分」ではなくて、

「付加価値配分」であるということである。

さらに一言つけ加えておきたいことは、ラッカープランがいいからといって、

不用意な導入は危険であるということである。

ツボをおさえた調査、周到な準備、従業員へのPRなど、事前にやらなければならないことがたくさんある。

専門家に相談したり、実施経験者の意見を聞くなどして、万全を期すべきである。

  企業は人であり、働く人々の意志である。

 人間尊重を基本とし、働く人々の働く目的を達してやるために、

 ラッカープランは大きな力を発揮する。

 ラッカープランのもとに労使一体となって生産性向上に励む事こそ、

 従業員の幸福を増進し、企業の発展を導き、ひいては広く社会への貢献を実現するものである。